Aug 15, 2010
スポーツクラブのランニングマシン
スポーツクラブはランニングマシンやエアロバイクのが必ずあります。トレッドミルはベルトが回って、その上に人間が動くことです。その姿を見ると、私はいつものハムスターは、運動のためにくるくる回る車を思い浮かべます。ハムスターの運動不足解消と演劇のためのものですが、スポーツクラブのランニングマシンも人間も同じかと思っています。数年前に私が住んでいる地域のサッカーチームがありました。 J1昇格のために努力しているところです。サッカーユニフォームの道を歩いている人も日常の光景となっています。試合の応援には何度もあるが、サッカーのユニフォームは持っていません。特定の選手が好きではなく、チームのすべてのファンだ。
◆柔道 世界選手権第4日(26日、パリ・ベルシー体育館) 当地のベルシー体育館で男女3階級が行われた。筑波大の同級生が惜しくも銀メダルに終わった。男子90キロ級決勝で西山大希(20)=筑波大3年=が、世界王者イリアス・イリアディス(24)=ギリシャ=に一本負けし、惜しくも金を逃した。女子78キロ級も世界ランク1位の緒方亜香里(20)=筑波大3年=が、初の決勝進出を決めたが、地元フランスの同4位オドレー・チェメオ(21)に一本負けし、世界初制覇はならなかった。
完敗の一本負けだった。相手の右足の足払いで緒方はあおむけにバッタリ大の字で倒れた。試合時間は3分ちょうど。会場の大歓声がとどろく完全アウェーの中で悔しい敗戦を喫した。「金メダルを狙っていたので悔しい。ただ、自分の柔道はできたと思う。体の調子は良かった」。汗で短い髪がグッショリになった。
世界上位陣の実力が拮抗(きっこう)し本命がいないと言われる階級だ。アテネ五輪金の阿武教子が引退後、日本は若手を強化してきた。あと一歩での苦杯となった緒方だが、世界には確実に近づいた。初出場の昨年の東京大会3位以来、成長した。今大会前、最後の国際大会となった5月のグランドスラム・モスクワでは優勝し、パリに乗り込んだ。モスクワの優勝で積極的な本来の柔道を取り戻した。「うまさがない分、ガッツリいくしかない」。その思いで自身初の決勝まで進んだ。
5月には実家のある熊本・八代市内の美容室「プーペ」で働く理容師の母・より子さん(56)が上京し「その長い髪、どげんかせんと」とカットした。その髪で金メダルにも目前まで迫った。2度目の世界選手権は“一歩前進の悔しい銀”となった。まぶしい光景は決して夢じゃない。ロンドンの表彰台のど真ん中に立ち、この借りを返す。
◆緒方 亜香里(おがた・あかり)1990年9月24日、熊本・宇城市生まれ。20歳。阿蘇高出身。現在、筑波大3年。2009年世界ジュニア選手権優勝。昨年の世界選手権銅メダル。広州アジア大会銀メダル。今年のグランドスラム・モスクワ大会優勝。得意は内股。171センチ。
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◆広島1―0巨人(26日・マツダスタジアム) 巨人がまたまた借金生活に逆戻り、3位に転落した。広島先発・篠田の緩急を駆使した投球に翻弄され、散発3安打のみ。今村、サファテとつながれ、今季10度目の完封負けを喫した。このうち5試合で先発したのが沢村。7回7安打1失点の好投も、巨人の新人では1979年の江川卓以来、32年ぶりの10敗目となった。
7回を3者凡退で終えた直後の8回。ベンチに戻ると、沢村はすぐにバッティンググラブを手にした。自らの手で勝利をたぐり寄せるつもりだった。1死二塁。代打に谷が告げられた。だが、遊飛に倒れ、続く坂本も凡退。チームが得点を刻むことはなかった。
7回を投げ、許した得点は、わずかに1点。待っていたのは今季10度目の黒星だった。「負けは負けです。立ち上がりですか? 勝負事は勝つか負けるかです」。悔しさを押し殺し、少ない言葉を絞り出した。
またまた鬼門の立ち上がりだった。19日のヤクルト戦(東京D)で6勝目を手にしたのは、直球の力だった。試合前から直球で押すことは決めていた。「かわすことはしたくない。僕の武器は直球なんです」。その直球を狙い打たれた。適時打を浴びた栗原まで、15球中13球が直球。栗原も詰まらせたが、打球は無情にも左前にポトリと落ちた。その1点が、あまりに重かった。
6勝目を挙げた直後だった。「貯金のできる投手になるために、もう1敗もできない」と言い聞かせた。勝利に向かう姿勢は、マウンド上だけではない。3回2死。二塁ベースを直撃する遊撃内野安打で、チーム初安打をマークした。開幕当初は横浜・村田モデルのバットを使用していたが、今は中大の先輩・阿部にもらったバットを持って打席に立つ。今までよりも軽量化し、バットを一握り短く、鋭く振り抜くことを心がけた。投手ではなく、9人目の野手として、がむしゃらにグラウンドに立った。
原監督は好投報われずのルーキーを、できる限りの言葉でねぎらった。「粘り強くね。勝ち星は付きませんでしたけど、しっかり粘り強くいいピッチングをしてくれました」。チームは18日以来、約1週間ぶりに借金生活に逆戻り。阪神に抜かれ3位に転落した。沢村自身の借金も4に膨れあがった。「次、頑張ります」。悪夢は自らの右腕で振り払うしかない。
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