Jan 04, 2010
コスプレをする人々とは
コスプレをする人々とオタク的な人なのかなあと思うかもしれないが、決してそうではない。比較的見た目が普通の人もコスプレマニアであったりする場合が多く、決して偏見などはない。人にこれを着てくださいという人もいて、そのキャラクターができるのも考えることができるのだ。人生色々です。プレゼントは、受ければ必ず笑顔になるわけですね。人との関係を再確認することができるのでとっても便利な存在でもあります。誕生日以外にも定期的に検討すると良いでしょう。モノの質よりは、その心が一番嬉しいです。ギフトの概念は、すべて別のものです。相手を喜ばせてみましょう。
14日午後0時9分ごろ、福島県浜通りと茨城県北部で震度4を観測する地震が発生。気象庁によると、震源の深さは約10キロ、規模を示すマグニチュード(M)は5.5と推定される。津波の心配はない。その他の震度は次の通り。
震度3=宮城県北部、宮城県南部、宮城県中部、福島県中通り、茨城県南部、栃木県北部、栃木県南部、埼玉県南部、千葉県北東部、千葉県北西部
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近代中国の幕開けとなった辛亥(しんがい)革命から今年で100年。革命運動の指導者、孫文にかかわった日本人や在日華僑の人名録づくりが、日本で唯一の孫文記念館(神戸市垂水区)で進められている。宮崎滔天(とうてん)や梅屋庄吉といった文献に登場する有名人だけでなく、市井の人を発掘することで日中交流の深さを浮き彫りにしたいという。中国、台湾双方で偉業がたたえられる希少な人物だけに、日中台3国の絆を強める事業としても期待されている。(安東義隆)
孫文記念館は明石海峡を望む海岸にある。もともとは有力華僑、呉錦堂の別荘の一部。別荘では大正2(1913)年3月に、神戸の政財界有志による孫文歓迎の宴が開かれた。館長は中国近現代史が専門の安井三吉・神戸大名誉教授で、人名録づくりが「孫文と日本との関わりをさらに深めることになる」と話す。
孫文は中国との玄関口だった神戸港から度々入国。長崎、福岡、熊本、横浜、東京と各地で政財界の有力者から活動資金などの支援を受けた。計18回立ち寄った神戸では、川崎造船所の社長だった松方幸次郎が当時の中国政府と敵対していた孫文を造船所の岸壁から上陸させ、かくまった。
兵庫県庁舎脇の記念碑には大正13年11月、ここにあった神戸高等女学校で、孫文が「大アジア主義」を訴える講演を行ったと記されている。亡くなる数カ月前のまさに「遺言」だ。武力で従わせる西洋の「覇道」ではなく、東洋は徳によって慕わせる「王道」を行くべきだ−と、アジア諸国の連帯を呼びかけた。
当時、日中とも西洋列強の圧力に悩まされていた。日本は不平等条約撤廃に成功、日露戦争に勝利し、アジアのリーダーとしての地位を占めつつあった。そんな日本を手本とし、支援を期待したが、列強と同様の態度で中国に臨む日本を憂えてもいたという。
孫文は大正2年から5年にかけて東京で、政治団体「玄洋社」の総帥、頭山満(とうやま・みつる)の隣家に身を寄せていた。その間、日本政府は孫文がいつ、どこで、誰と会ったかを監視していた。その記録が今も外務省に残され、閲覧可能だ。
人名録づくりは、これをもとにリストアップ、可能な限り生年没年、出身地、肩書なども記載する。千人を超える見通しで、今年11月にも発表する。その人物を子孫や関係者が確認すれば「新たなエピソードの発見につながるかも」と安井館長は話している。
【用語解説】辛亥革命
中国で共和制国家樹立に道を開いた革命。1911年10月、武昌で軍隊が蜂起したのを機に清朝打倒の運動が拡大。翌年1月、孫文を臨時大総統とする中華民国が建国され、2月に宣統帝が退位して260余年にわたる清朝支配が終わった。孫文は大総統の地位を袁世凱(えんせいがい)に追われて亡命。革命の完遂を目指し度々来日し、政財界の有力者に支援を求めた。梅屋正吉、宮崎滔天、頭山満といった人物に支えられたが、25年に病死した。
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綱渡りの状態が続く福島第1原発対策を支援する名目で、世界最大の原子力企業、仏アレバと米ゼネラル・エレクトリック(GE)首脳が次々に来日した。アレバは仏政府など政府関連機関が9割の株を持つ事実上の国営会社だけあって、サルコジ仏大統領もわざわざ東京にやってきた。
人道的な支援という目的はもちろんだが、真な狙いは廃炉をはじめとする今後の「フクシマ」の商機にかかわろうとすることに他ならない。世界に広がっていた「原子力ルネサンス」のムードを吹き飛ばした今回の事故への不安を早期に火消ししようとの意味もある。
■プルトニウムの取り扱いはフランスの得意分野
動きが早かったのはアレバだった。「フクシマ」の建設には直接かかわっていなかったが、東日本大震災発生から1週間以内に、提携先の三菱重工業を通じて、東京電力や日本政府に具体的な支援策を申し出たとされる。さらには、2011年3月末のアンヌ・ロベルジョンCEO(最高経営責任者)とサルコジ大統領の来日に合わせ、フランスの放射性廃棄物処理の専門家も来日し、プルトニウムを含む放射性物質漏えいの危機管理を支援することになった。特にプルトニウムの取り扱いはフランスの得意分野であり、日本にとっても心強いのは確かだ。
アレバ首脳の訪日について三菱重工の幹部は「目的は廃炉ビジネス」と明確に指摘する。アレバは核燃料から原子炉の製造まで手がける世界最大の原子力総合企業だ。
フランス政府が、欧州での原発受注が一巡した後、日米企業と互角に戦うため2001年、原子炉製造の「フラマトム」と核燃料を製造する「コジェマ」の経営統合を後押しした経緯がある会社。これまでに1979年の米スリーマイル島原発の事故処理を手がけたほか、1986年のチェルノブイリ原発事故では廃炉の作業工程を受注するなど、世界を見渡しても原発事故処理では右に出る企業はないと言っていい。
一方、「フクシマ」は第1、第2ともにGEが開発した「沸騰水型(BWR)」と呼ばれる原発でもある。なかでもGEは「今最も危険な状態」(政府関係者)と言われる第1原発の中の1号機の原子炉製造などを担当した。
■GEは日立と廃炉に向けた事業計画を練る?
1号機の危機脱出を助けるだけでも、多忙を極めるジェフリー・イメルト会長兼CEOが4月上旬に来日した理由として十分ではあるが、それだけが目的ではない。GEは2007年に原子力部門を統合した日立製作所とともに、廃炉に向けた事業計画を練る方向にあり、日立の中西宏明社長とともにそのことを東京で確認したと見られる。
さらには東電の勝股恒久会長、海江田万里経済産業相と相次いで会談。11年夏の電力不足に備えて火力発電所用のガスタービンなどを提供する考えを示すとともに、廃炉に向けた事後処理支援を申し出た。こうしたなか、東芝も米原発機器メーカー、バブコック(B&W)とともに「10年で廃炉」などにわかに信じがたい短期処理の提案を東電にしており、今後の行方が注目される。
また、アレバ、GEのトップが来日した背景には、世界中で連日、「フクシマ」の危険な状況が伝えられるなか、原発推進の国益を背負いつつ、数少ない世界の「原発メジャー」として事態を早期に収束させたい、との思惑がある。オバマ米大統領が、リビア情勢など世界に気がかりなことがいくつもある中で、「フクシマ」に最大限のエネルギーを振り向けるのは、原発の旗を振り続けるためだ。電力の8割近くを原子力に依存するフランス政府も、アレバを後押ししつつフクシマの沈静化に注力する構えだ。
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